大判例

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東京高等裁判所 昭和59年(て)139号 決定 1984年5月11日

請求人 弁護人

被告人 上田満 外一名

弁護人 一瀬敬一郎 外二名

主文

本件請求を却下する。

理由

本件請求の趣意は、弁護人三名連名作成名義の管轄移転請求書記載のとおりであるから、これを引用するが、要するに、被告人両名に対する本案各被告事件の係属する千葉地方裁判所は、新聞報道の影響による民心の動向が所属裁判官の意識に反映していると考えられるほか、現に同事件の審理を担当する裁判官を含む刑事部所属全裁判官が、同事件に関連して、令状の発付、準抗告事件ないし付審判請求事件の審理等を通じ、事案の内容につき予断と偏見を形成しており、そのことは、当初審理を担当していた裁判官の転補に伴う事件の配点換えその他の措置の取扱いや、使用法廷の選択、法廷内外の警備状況、訴訟進行に対する担当裁判官の態度等からもうかがわれるばかりでなく、本案事件の真相解明のためには、事件に関連して捜索差押令状を発付した同裁判所の各裁判官及び裁判官以外の職員を証人に喚問する可能性があるなど、同裁判所における審理によつては公平な裁判の実現を期待しがたい重大な事情が存するから、刑訴法一七条二項、一項二号により、右事件の管轄を同裁判所松戸支部または東京地方裁判所に移転されたい、というにある。

ところで、右請求中、千葉地方裁判所に係属する本案事件の管轄を同裁判所の一部である同裁判所松戸支部に移転することを求める点は、管轄移転の性質に反し、不適法である(同一裁判所の事務分配の問題にすぎない。)。

そこで、東京地方裁判所へ管轄を移転することの請求について検討すると、本案事件に関連する報道のなされたことによつて、直接、間接に裁判官が動かされることは考えられないし、また、千葉地方裁判所の裁判官が、所論のように、令状発付その他の裁判事務を処理したとしても、そのことの故に、事案についての予断偏見を抱くにいたつているとは到底いえず、そのほか、同裁判所における事務分配その他の処置を論難し、あるいは裁判官その他の職員の証人喚問の可能性をいう点をも含め、所論指摘の諸事項は、いずれも、同裁判所において本案事件の審理をするときは裁判の公平を維持することができないおそれがあるとすべき事情とは認められないから、右請求は理由がない。

よつて本件請求を却下することとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 鬼塚賢太郎 裁判官 田尾勇 裁判官 中野保昭)

管轄移転請求書

被告人 上田満

同 佐藤澄男

右被告人らに対する公務執行妨害等被告事件について、現在、千葉地方裁判所において公判に附されているが、左記理由により、千葉地方裁判所松戸支部または東京地方裁判所に管轄を移転するよう刑事訴訟法第一七条第二項にもとづき請求する。

昭和五九年五月四日

右弁護人 一瀬敬一郎 印

同 深沢信夫 印

同 森健市 印

東京高等裁判所 御中

第一、管轄移転請求の憲法的根拠

一、刑事訴訟法第一七条の趣旨

1、刑事訴訟法第一七条は、検察官等による管轄移転の請求について定める。本条は、裁判そのものが不可能である場合(同条一項一号)及び裁判の公平を維持できない場合(同条一項二号)、管轄裁判所に具体的事件を審判させることが不適当であるとして管轄裁判所の移転請求を認めたものである。

本請求は、検察官のみならず被告人にも権利として(弁護人も代理権の行使として)認められている(同条二項)。これは、憲法三一条の適正手続の保障、あるいは、検察官と被告人が対等の当事者として攻撃防禦を行なうという当事者主義の要請である。

2、次に、本件につき請求人は、同条一項二号の事由があるとして管轄移転の請求をしていることから、同号の趣旨につき述べる。同号は「地方の民心、訴訟の状況その他の事情により裁判の公平を維持することができない虞があるとき」と定める。同号による管轄移転の請求は、フランスの学者によれば、包括的忌避(recusation collective )の一種と解されている。即ち、管轄裁判所を構成する個々の裁判官に忌避等の理由があつて不公平な裁判をするおそれがある場合をいうのではなく、その地方の民衆の感情とか、訴訟の状況、その他裁判所を取り巻く客観的状況からみて、その裁判所全体につき公平な裁判を期待できない事情がある場合をいうのである。これは、憲法三七条一項に定めるところの、「公平な裁判所の裁判を受ける権利」を具体化した規定にほかならない。故に刑事訴訟法第一七条一項二号の趣旨を理解するためには、「公平な裁判所」の意義について論ぜざるを得ないのである。「公平な裁判所」の意味について、学説上は、「当事者の一方に不当に利益または不利益となる裁判をするおそれのない裁判所をいう」等と述べられている。問題はその具体的内容であるが、請求人は、「公平な裁判所」の保障は、裁判所の構成上の公平を要請するのみならず、訴訟手続の構成についても裁判所の公正さを担保するものであることを要請するものと解する。即ち、偏頗な裁判をする虞れのある裁判所構成員を除外して適法に構成された裁判所を保障(これは刑事訴訟法上の除斥・忌避・回避等の制度に具体化される)しているだけではなく、裁判官に当該事件について予断と偏見をもたせない手続及び当事者主義的な手続を要請している規定と解すべきである。刑事訴訟法第一七条一項二号は、包括的忌避の一種と解されているが、右条項の定める要件が弾力性に富んだものであるところから、右を正しく理解するためには、その根拠規定たる憲法三七条一項も、単なる裁判所の構成上の公平を要請したものと限定すべきではないのである。よつて刑事訴訟法第一七条一項二号に該当するか否か判断する際には、裁判所全体につき構成上の公平を害しているか否か判断するのみならず、右裁判所全体が当該事件につき予断と偏見をもつた手続をしているか否かをも考慮する必要があるのである。なお、「公平な裁判所」の保障について、裁判所の構成上の公平に限定して解釈する立場があるが、かように限定的に解釈する必要はなく、また広く解釈してなんらの不都合はないし、人権保障の見地からも広く解釈することが妥当であろう。

二、本条項の具体例

1、本条項の請求例においては、認容例、認容されなかつた例が相半ばするが、その中で、認容された東京高等裁判所昭和三二年一〇月二五日決定について、まず、本件と関連させて分析する。同決定は、「弁護士である被告人が千葉地方裁判所の裁判官である石井麻佐雄氏の名誉を毀損した」という公訴事実についての裁判についてのものである。ここでまず注目すべきは、法文上「公平を維持することができない虞」とある中に、「一般人に本件裁判の公平性についての疑問を生じさせる」場合も含まれるとして解釈している点である(ただしこの点については、『勿論担当裁判官の心理的事情を云々するものではなく、客観的観察の面から審理に障害があるとの見解に立つものである』との括弧書きが付いている。)。即ち、所謂「公平らしさ」が重視されているのである。ひるがえつて、本件裁判において、裁判所の構成及び訴訟手続をみるとき、後に詳述するように、客観的にみて、公平らしさは大幅に失なわれ、正に「一般人に本件裁判の公平性についての疑問を生じさせる」と解さざるを得ない事情が存在するのである。次に注目すべきは、同決定の具体的事情として、千葉地方裁判所の裁判官、書記官等が証人として調べられる予定である事を理由中にかかげている点である。請求人は、本件裁判において千葉地方裁判所の裁判官等を証人として請求する予定であり、かような場合には、裁判所に勤務するものが、同一の裁判所で証人として証言することになり、一般人に本件裁判の公平性について疑問を生じさせるであろうことは、右決定と同様であろう。

2、次に、最高裁判所昭和二四年三月五日決定について述べる。右事例は、弁護士で日本共産党所属の衆議院議員梨木作次郎ほか九名の被告人にかかる住居侵入業務妨害被告事件が名古屋高等裁判所金沢支部に係属中、同被告人から請求されたものである。これは却下された例であるが、注目すべきは、請求の理由の一として、多数の武装警官が法廷の内外および市内の警戒に当るという緊迫した状況であつた事実がかかげられている点である。右事例において右請求人が主張せんとしている趣旨は、警官に守られた裁判が、裁判本来の姿とはかけ離れたものであり、かような異常事態の中で公平な裁判を受けることは不可能であるということである。これを本件公務執行妨害等被告事件にあてはめてみれば、それが直接的には警官に対する犯罪であることから、尚一層右危険は増大し、一般人をして裁判の公平に疑問を生じさせることになろう。後に述べる通り、本件公判中、裁判所の内外に、多数の警官が配置されていることは、正に「公平な裁判所」の死につながるものと解さざるを得ないのである。

3、同じく却下された最高裁判所昭和五二年六月一七日決定は、狭山差別裁判糾弾を目的として裁判所を攻撃対象とした事件に関するものであるが、請求の理由として、第一審たる東京地方裁判所の審理、手続、控訴審の審理、手続が、予断と偏見によるものであることをあげている。本件裁判においても同様に、事件配点の問題等、予断によるものとの疑いを生ぜしめる点が多数存在するのである。

4、以上の通り、本件を千葉地方裁判所において審理するときは、本事件の事案の態様、本事件発生の経緯その他各般の事情に照らし裁判の公平を維持することのできない虞があるものと思料される。

第二、本件では次のような事情からも刑訴法一七条一項二号の要件が存することが明らかである。

一、地方の民衆の感情とその裁判官への影響力

本件については被告人らの逮捕後に各新聞によつて大きく報道がなされている。

例えば、昭和五八年一〇月二二日読売新聞(千葉版)によれば

「中核派アジトなど捜索-焼殺ゲリラ事件」

との見出しのもとに、

「成田空港の本格パイプライン関連工事を担当していた四街道市山梨、東鉄工業会社物井出張所が、さる六月七日、中核派に焼き打ちされ、同社員三人が死傷した事件で、佐倉署捜査本部は二十一日、中核派の県内の非公然アジト一か所と東京都内の同派活動家の自宅二か所の計三か所を一斉に家宅捜索、機関紙、ビラ、メモ類など約四百五十点を押収した。

また、この捜索の際、非公然アジトにいた同派活動家と見られる若い男二人を、公務執行妨害の現行犯で逮捕した。

調べによると、二人は、捜査員が家宅捜索令状を提示して、アジト内に入ろうとしたところ、捜査員に体当たりをして捜査を妨害しようとした。二人は名前などを黙秘している。」

と報道されているし、同日の朝日新聞(千葉版)では、

「中核派を家宅捜索 ゲリラ放火事件」

の見出しで、

「六月七日未明、四街道市山梨、東鉄工業物井作業所が放火され、二人が焼死したゲリラ放火事件で、佐倉署の捜査本部は二十一日、県内の中核派活動家の居宅二カ所を家宅捜索し、機関紙など証拠品四百五十点を押収した。また捜索活動を妨害した同派の活動家二人を、公務執行妨害の現行犯で逮捕した。」

とされており、あたかも被告人らが六・七ゲリラ事件の犯人であり、本件公務執行妨害を行つたかの如き記事になつているのである。

したがつて千葉県下の住民は、右のような誤つた情報に基づいて被告人らに対し有罪意識をもつており、これは直接、間接に千葉地裁裁判官の意識の中に反映してこざるを得ないのである。

二、訴訟の状況等

1、まず問題とされるべきことは、本件公務執行妨害罪における公務執行の前提となつている捜索差押許可状が昭和五八年一〇月一八日千葉地裁刑事第三部石田恒良裁判官によつて発付された事実である。

これは、本件の重大な争点である捜索差押許可状の適法性について石田裁判官が既に適法であるとの見解をもつていることを意味している。本件捜索差押許可状が適法か否かは単に公務執行妨害罪の一要件であるのみならず、本件の事実関係をどう理解するのかという問題にとつて決定的な意義をもつているのである。このように考えれば、石田裁判官によつて捜索差押許可状が発付されたことは常識的に考えて被告人らが有罪と認定される危険が極めて高度であることを物語つている。

そして、石田裁判官による右捜索差押許可の裁判に対して被告人らは昭和五九年四月一〇日、準抗告を申し立て、現在右事件は千葉地方裁判所昭和五九年(む)第一一二二号準抗告申立事件として刑事第一部で審理中である。被告人らは右事件において、被告人らの居住していたマンシヨンに押収物が存在する蓋然性がないのにもかかわらず捜索差押許可状が発付されたことを争い、差押物を被告人らに返還すべきことを求めている。さらに、被告人らは同月二八日、千葉県警察本部の司法警察員の差押処分に対し準抗告を申し立て(千葉地方裁判所昭和五九年(む)第一一五一号準抗告申立事件)、本件捜索差押の執行の際、司法警察員によつて捜索差押の被疑事実と全く関連性のない物件が差押えられていることを明らかにしている。

右捜索差押の被疑事実は、いわゆる「六・七ゲリラ事件」と呼ばれるものであり、成田空港パイプライン建設工事に反対するゲリラ行動であるが、被告人らは右の六・七ゲリラ事件には全く関係していない。しかるに石田裁判官は被告人らの居室に対する捜索差押許可状を発付したのであるからこの令状は明らかに違法なものであつた。このような状況のもとで被告人らは前記のように本件捜索差押許可の裁判及び押収処分に対し準抗告を申し立てたうえ、本件公判期日において公訴棄却申立及び無罪の主張を行つているのである。

以上のような理由から千葉地裁刑事第三部は本件について不公平な裁判をするおそれが大きいといえよう。

2、被告人らは昭和五八年一〇月二四日、千葉地裁刑事第三部小倉正三裁判官の発した勾留状に基づいて勾留されたが、その後も勾留延長却下に対する準抗告、検察官の接見妨害に対する準抗告、再度の勾留決定等について刑事第三部を除くすべての裁判官が本件の起訴手続に関与し、本件の内容を知つている。

また弁護人らは本件に関連して、捜索差押の執行を行い被告人らを不当に逮捕した警察官らを住居侵入・特別公務員職権濫用罪により告発したが、千葉地方検察庁は不起訴処分を行つたため、千葉地裁に対し付審判請求を行つた。この付審判請求事件は最初刑事第三部に係属していたが、昭和五九年四月に刑事第一部に配点されるに至つている。

右のように、本件が係属している刑事第三部以外の刑事第一部及び第二部も被告人らの勾留手続、付審判請求手続、捜索差押に対する準抗告等について事件を担当しており、本件の事実関係(もちろん、捜査機関側の資料に基づく事実関係のことである)について知悉しているのである。

3、本件については既に四回の公判期日が開かれたが、いずれの期日も通常事件と区別して一階の法廷が使用され、法廷内には約一〇名の法廷警備員が配置された状態で審理が行われている。そればかりか、法廷外では私服警察官が被告人らの支援団体を監視する体制をとつている。

このように、本件の場合、審理開始前から千葉地裁は被告人らに対し予断をもつて厳重な法廷警備体制をとつているのであり、このような状況下では到底公平な裁判が行われることを期待できない。

三、その他裁判所を取り巻く客観的状況

1、ところで右のような事情の背景として六・七ゲリラ事件をめぐる千葉地裁の強権的姿勢を指摘することができる。

すなわち、六・七ゲリラ事件について千葉県警捜査本部は昭和五八年七月七日朝、いわゆる犯行声明を出した革共同中核派の拠点五カ所と全国の中核派活動家の自宅八〇カ所を殺人と放火の疑いで一斉に家宅捜索し、機関紙・ビラなど四二五点を押収したのである(昭和五八年七月七日朝日新聞夕刊)。そして、このうちには、三里塚空港反対同盟事務局長北原鉱治氏の自宅、千葉動力車労組事務所なども含まれており、そのほとんどが被疑事実と無関係の場所であつた。このような捜索差押許可の濫用の事態は六・七ゲリラ事件の捜査に専念してい千葉県警本部の意向を千葉地裁がそのまま受け入れたものと考えざるを得ない。

かくして、本件捜索差押については単に石田裁判官の判断のみが問題とされるべきではなく、六・七ゲリラ事件という重大公安事件の捜査という美名のもとに千葉地裁裁判官全体が無制限の捜索差押を許容する方向へ向つていたことが注目されるべきである。

2、さらに、そもそも本件については最初から政治的配慮によつて事件処理がなされることが予定されていたと疑わざるを得ない事情もある。

例えば、捜査段階において検察官が最初に接見拒否をした際、弁護人らは千葉地裁の間受付に赴いて準抗告を申し立てたが、この準抗告の担当裁判官は民事部の小見山裁判官であつた。それにもかかわらず、石田裁判官は夜間受付に来ており、弁護人らが見るところではこの準抗告を自分で担当しようとしたのであつた。

また、刑事第三部の福嶋登裁判官の話によれば、本件については多数の接見拒否に対する準抗告が予想されたので、あらかじめ刑事第三部だけは準抗告を担当しないように工夫してあつたことが推測される。しかし、仮に、この推測が真実だとするなら本件の捜索差押許可状を発付した石田裁判官が属している刑事第三部に本件をあらかじめ配点しておいたことはより一層問題とされなければなるまい。

第三、千葉地方裁判所の偏頗性

一、配点問題にみられる千葉地方裁判所の予断と偏見

本件被告事件は、公訴提起の当初より昭和五九年三月一六日の第四回公判期日まで、千葉地方裁判所刑事第三部の単独係である三係(福嶋登裁判官)に係属していた。

その後、同年四月以降、同部三係は廃止されて福嶋裁判官は横浜地方裁判所に転勤となつた。

したがつて、本件被告事件は、同年四月以降、千葉地方裁判所内において新たに配点換えが行われなければならなかつたのである。

ところが、千葉地方裁判所は、本公判期日前の約一ケ月間、弁護人らの度重なる問い合わせにもかかわらず、本件被告事件がいずれに配点換えされたかを一切明らかにしなかつた。これは、刑事事件であると民事事件であるとを問わず、およそ裁判所としては異常な事態である。否、裁判所として決してとつてはならない態度である。

千葉地方裁判所の態度を完全に示すために、本件四月以降の配点換えに関する千葉地方裁判所の対応を、時間の経過に沿つて指摘することとする。けだし、裁判所の対応を時系列に従つて追跡したとき、最も深く事態の本質に迫ることができると考えるからである。

昭和五九年四月二日、弁護人が刑事第三部に架電したところ、同部秋葉主任書記官は本件被告事件につき「裁判所の人事異動で福嶋裁判官は交替になつた」「本件は職権で裁定合議委員会にかけられる予定である。それにより刑事第三部の合議部に係属する予定である。」旨を同弁護人に告げたのであつた。

しかし、秋葉主任書記官の右発言は、-後に指摘するように本件被告事件を合議部に移すこと自体の是非及びその手続きにおいて重大な疑問があるのであるが-根本的には、そもそも三部三係から本件被告事件が配点換えになつて、現在どの係に係属しているのかということを、ぼかし、あいまいにしようとしている点において重大な問題をかかえていたのである。

そこで、弁護人らは、直ちにその翌日の四月三日、千葉地方裁判所を訪ね、右の問題点につき問い質した。

これに対し、刑事第三部の秋葉主任書記官及び同部合議部左陪席の駒井雅之裁判官は、「本件事件は、刑事部第三部、すなわち部そのものに係属している」と回答したのである。

弁護人らが、「単独係の事件であつな本件が、なぜ、部の係属になるのか。そもそも部に係属するという取扱いがありうるのか」と質問しても、右両名は、納得のいく説明を何らなしえなかつたのであつた。

しかし、そもそも事件が抽象的に「部」に係属しているというのは、あり得べからざる事態である。なぜなら、事件の係属は事件に関して裁判を行うところの裁判官個人が特定されてはじめて意味をもつのであり、「部」というものは事件配点の事務処理上の一応の目安以上の意味を持つものではないからである。具体的に考えてみても、公判期日外においても被告人の保釈や勾留の執行停止の場合に、裁判所は裁判をしなければならないのであり、かかる場合に事件が「部」に係属しているというのでは、弁護人はどの裁判官と折衝すべきかさえ判らぬというまことに奇妙な事態を出現さすことになる。要するに、これでは、司法権の帰属している裁判所が、自ら裁判を拒否し、国民の人権救済の任務を放棄することになるのである。

このように本件被告事件につき、千葉地方裁判所の責任ある地位にある書記官及び裁判官が、「事件は三部に係属しており、いずれかの裁判官に係属しているというものではない」という見解を明らかにしたのは、千葉地方裁判所が本件被告事件につき通常の裁判としての取扱いをしようとせず、明白な予断と偏見に基づき特殊な取扱いをしていることを示すものであつた。

前同日(三日)中に、弁護人らは、千葉地方裁判所刑事部裁定合議委員会宛に申入書を出すと同時に、千葉地方裁判所の柳瀬隆次所長宛に本件被告事件に関する「公平な事件の取扱い」を求める旨の要望書を提出した。同月四日には、弁護人より、弁護士法二三条の二に基き、本件の事件配点に関する事項につき千葉地方裁判所を照会先とする照会方を第二東京弁護士会に申し出た。

同月六日、弁護人が刑事第三部に架電し、本件の係属につき重ねて質問したところ、同部秋葉主任書記官は、この問題について新たな発言をした。すなわち、

「三部三係が廃止されたのにともない、三係係属の事件は同部の一係と二係の二つに分けて配点された。本件は一係の係属となつている。」

と発言したのである。

ここに至り、本件配点問題に関する不鮮明で不自然なものが取りはらわれた。そして千葉地方裁判所が本件被告事件に関し明白な予断と偏見をもつていることが暴き出された。なぜなら、刑事第三部一係の裁判官とは外ならぬ石田恒良裁判官、すなわち本件裁判の一大争点としてその違法性及び公務執行妨害罪の捏造との密接な関連性が争われている捜索差押許可状を発付した裁判官であり、千葉地方裁判所は、かかる石田裁判官が本件の担当裁判官となることが「公平な裁判」の保障に反することを熟知しているが故に、石田裁判官に事件が配点された事実を隠そうと動いていたことが明白となつたからである。

つまり、千葉地方裁判所は、石田裁判官をかばおうとし、そのためにおよそ事件配点上あり得ない「事件は部に係属している」云々と主張していたのである。

ところで、弁護人らは、同月一一日、裁判所の説明が変転してきたことにみられる本件事件の配点に関する重大な疑問点につき、責任ある説明を求める旨の申入れを千葉地方裁判所に提出した。

しかし、前同日、弁護人らが石田裁判官と事件に関する折衝を申し入れたところ、石田裁判官は、「本件事件は裁定合議決定によつて三部合議部に係属している。したがつて、三部合議部の三名裁判官が折衝にあたる」旨主張してきたのである。右の主張は、後に述べるように、そもそも合議部への配点換えに必要な要件と手続の一切を無視した違法な対応であつた。それのみならず、事件の配点につき、再び千葉地方裁判所が石田裁判官の単独係への係属という事態を隠蔽しようとしてきたものであつた。

千葉地方裁判所のそのような態度は、最終的には、前記弁護士会の照会請求に対する回答拒否となつてあらわれたのである。すなわち、弁護人は前記照会請求において、次のような事項につき照会を求めていた。すなわち、

一、本件被告事件は、昭和五九年三月末日まで千葉地方裁判所刑事第三部三係(福嶋登裁判官)に係属していたが、同年四月以降右三係が廃止され、かつ福嶋裁判官が横浜地方裁判所に異動したことにともない、本件被告事件は何時からいずれの裁判官のもとに係属することになつたのか。

二、同年四月二日時点で同裁判所刑事第三部においては、本件被告事件を従前の単独部から合議部の事件として配点換えをする動きがあるが、右のような合議部への配点換えはいかなる手続にもとづいてすすめられているのか。とくに千葉地方裁判所には下級裁判所事務処理規則六条IIの適用があるのかないのか。

三、同年四月以降、従前同裁判所刑事第三部三係(福嶋登裁判官)に係属していた本件被告事件以外の被告事件は何時から、いずれの裁判官のもとに係属することになつたのか。

四、前記二のような本件被告事件に関する合議部への配点換えの動きは、誰の判断に基づくものか、その判断の内容はいかなるものなのか。

また右の判断の一資料として弁護人の意見を聴取する必要はないのか。

五、千葉地方裁判所刑事部で、過去五年間において、冒頭手続終了後に被告事件が単独部から合議部に配点換えされた事例の件数、右のそれぞれの合議部に換えられた理由及び配点換えの手続いかん。

右の各「照会を求める事項」は、一読して明らかなとおり、いずれも、千葉地方裁判所において容易に回答しうる事項でありかつ当然に照会に応じるべき事項であつた。

しかるに、同月一四日、千葉地方裁判所は、所長柳瀬隆次において

「申出書の趣旨、内容にかんがみ、弁護士法第二三条の二によりお答えすべき事項にはあたらない」

との理由で回答を拒否する旨を第二東京弁護士会に書面で通知した。

かくして、千葉地方裁判所は、その最終的判断において、本件被告事件に関する配点問題に関し、弁護人らに対して一切の回答を拒否する態度に出たのである。しかし、およそ、刑事事件において、事件が、どの裁判官に係属しているのか明らかでないという事態は考えられないし、出現してはならないものである。したがつて、千葉地方裁判所が、本件被告事件において、配点問題で適正な方式、手続を踏もうとしなかつたのは、それ自体において、本件の上田、佐藤両被告人に対する差別的取扱いである。しかのみならず、実は、かかる差別的取扱いは、違法な捜索差押令状の発付をした石田恒良裁判官が、担当裁判官として登場する不自然さをいくらかでもぼかし、うすめようという意図に出たものであることを、推測させるものである。

二、裁定合議問題にみられる千葉地裁の予断と偏見

前述した配点問題と併行して(大きくはその一部として)、本件被告事件において、単独係から合議部への移行という問題があつた。千葉地方裁判所は、最終的には、刑事第三部の裁定合議決定で合議部の事件に決めたわけであるが、そこにいたる手続き上多数の問題点であり、そこに一貫して流れていたのは、千葉地裁の本件被告事件に対する差別的取扱いであつた。この問題についても、以下時系列に沿つて裁判所の対応を指摘していく。

四月二日の時点では、刑事第三部の秋葉主任書記官は「三部の合議部に係属する予定である」と弁護人に答えていた。

その後、同月一一日、弁護人らが刑事第三部一係担当としての石田裁判官との折衝を求めていたところ、前記した如く、「本件事件は裁定合議決定によつて三部合議部に係属している」旨回答してきた。

ところで、まず第一に問題となすべきことは訴訟記録について一片の検討もなしに合議部に移すことが考えられていた点である。すなわち、当時、訴訟記録は三月中旬より保釈に関する裁判のために東京高等裁判所あるいは最高裁判所にあつた。石田裁判官は四月下旬に訴訟記録がもどつてくるまで一切記録を見ていない。しかし、もともと訴訟記録の検討なしに、単独係事件を合議部に移す必要性は出てこないはずである。それなのに、本件被告事件につき合議部への移行が計画されたのは、およそ事件の内容とは全く別の次元で考えられたものであり、明らかに、本件における被告人と弁護人の法廷活動に一人の裁判官では対処できないとみた千葉地裁が、三人の裁判官の力で処理せんとする意図から出たものと推測される。

前述の四月一一日の折衝申し入れの際、石田裁判官は、「起訴状の写しを見ているから合議相当と判断できる」とか、あるいは「福嶋裁判官から報告を受けている」とか言つて、弁護人らの疑問に弁明をしていたが、およそ納得いく弁明たり得ていない。なぜなら、起訴状記載の公訴事実にもとづいて本件は、もともと単独係になつていたのであるから証拠調べに入つた段階で、同じ起訴状の写しのみをいくらみても合議相当の理由は見出し得ないはずであるし、また、前任の福嶋裁判官からどのような申し送りを受けているにせよ、合議相当か否かは、新たに担当した裁判官が独自の検討に基づいて判断すべきことであり、そのためには、訴訟記録の検討が絶対的な前提と言えるからである。

第二に問題とすべきことは、一一日の時点で、石田裁判官が、「裁定合議決定はできている」旨述べて、あくまで合議部として折衝に応じようとした点である。

その後の事態から明らかな様に、訴訟記録が手元にないその時点では、裁定合議申請を出すことも不可能であつたし、また、当然のことであるが、裁定合議決定を出すことも不可能であつた。現に、弁護人らが四月二六日受領した本件に関する裁定合議決定の日付は、四月二四日であり、これは訴訟記録が最高裁判所から千葉地裁にもどつた日なのである。

つまり、石田裁判官及び古口満、駒井雅之両陪席裁判官が、実際には、未だ裁定合議決定が出ていないのを熟知しておりながら、あたかもすでに適法な手続きで本件が合議部担当になつたかのように弁護人らにふるまつたのは、明白な職権濫用ないし違法行為であり、本件に関し法に従つた平等な取扱いを拒否するものである。

それは、除斥事由ありとみられる石田裁判官一人が表に出て裁判の不公平が一見して明白になることをごまかそうとする意図と三人の裁判官の力を糾合して折衝の段階から弁護人らに譲歩を迫ろうとする意図に出たものなのである。そして、右の意図は、刑事第三部総括であり千葉地裁所長代行である石田裁判官の意向であり、とりも直さず、千葉地裁全体の意向といえるのである。この点は、前述した弁護士会の照会請求の中の裁定合議問題に関する照会事項についても、千葉地裁が一切回答を拒否した事実によつて裏付けられている。

このように千葉地方裁判所が、本件の合議部移行に関し適法な手続を無視した言動を繰り返していたことは、実に重大なことである。本来ならば事件の合議部による審理は、慎重で充実した審理が実現されうるという点で、刑事被告人にとつて有利なはずのものである。ところが、今回の合議部への事件の移行は、被告人の人権保障の方向ではなく、逆に、被告人に対する予断と偏見に基礎を置くものであるだけに事態は深刻であつた。かかる転倒は、千葉地裁が本件につき、徹頭徹尾、差別的取扱いをすることを決めていたが故に出現したものなのであつた。

三、強権的な訴訟指揮態度にみられる千葉地裁の予断と偏見

四月以降、石田恒良裁判官が弁護人らに示した本件裁判の運営に関する態度は、一貫して強権的、高圧的なものであつた。

まず、すでに幾度かふれている四月一一日の折衝申し入れにおいて、石田裁判官は、弁護人らの配点問題や裁定合議問題に関する疑問の声を、一方的にしりぞけて、何ら納得いく説明をしなかつたばかりか、遺憾ながら、いきなり、声を荒げた、感情的とも言える対応をとつてきたのである。弁護人らは、当然ながら、石田裁判官のかかる対応によつて、千葉地裁による本件の審理に不安と不信をいだかざるを得ない状況に追いつめられたのである。

次に、決定的な事態として、四月二八日、秋葉主任書記官から裁判官の意思として以下の三点を伝えられた。すなわち、第一に、更新の意見は次回一回の期日で終える、第二に、次々回から証拠調べに入る、第三に、次々回からは月二回の期日でやる、というものであつた。

しかし、右の裁判所の一方的通告は、全く不当なものであつた。なぜなら、弁護人の意向を事前に一切聞こうともしないというその一点で不当なものであるし、また、本件の様に複雑な背景をもち被告人・弁護人が全面的に争つている事件では、更新の意見の期日として少なくとも二回期日が必要であるし、さらに、証拠調べの期日を一か月に二回入れるというのは弁護士の多忙な業務を考えるとき訴訟準備の時間を一切奪うに等しいもので到底認めがたいものだからである。

以上の様な石田裁判官を中心とした千葉地裁の強権的、高圧的な訴訟指揮の態度は、本件を一日も早く終結させて、有罪判決を出そうとする姿勢に根ざしたものとしか受けとれないのである。千葉県警がしくんだ本件フレームアツプにつき捜索差押令状の発付をもつて結果として加担していることを、裁判所自身気づいており、その事実が本件の審理によつて暴かれるのを強く忌避しているからにほかならない。

したがつて、千葉地裁・石田裁判官らの本件審理にあたつての訴訟指揮は、今後、一層強行なものとして展開されていくことは必至である。そのとき、弁護人らや被告人らに対して、弁護権や防禦権を実質的に否定してしまうような事態すら予測される。

このようにおよそ千葉地裁・石田裁判官のもとにおいては、公平な裁判が実現される見込みはほとんど存在しない状況に立ちいたつているのである。

第四、千葉地方裁判所の裁判官等の職員に対する証人尋問の蓋然性

本件フレームアツプ事件の真相の解明のためには、千葉地方裁判所の裁判官等の職員に対して証人尋問を実現することが必要不可欠である。

まず、上田、佐藤両被告人に対する現行犯人逮捕が弁護人・被告人らが主張しているような「しくまれた逮捕」であることを立証するためには、住居への立ち入りの口実とされ、現行犯人逮捕の仮象づくりに一役かつた、捜索差押の手続き自体の真相が解明されなければならない。そのためには、捜索差押令状が警察側のいかなる資料にもとづいて、また、いかなる判断過程を経て、発付されたのかを解明しなければならない。そして、右の証拠調べにとつて最良の証人は、令状発付裁判官たる石田恒良裁判官なのである。

次に、本件の場合の捜索差押令状の本質を理解するためには、六・七事件直後から千葉地方裁判所の裁判官らが捜索差押令状を濫発されていた事実について証拠調べが行われる必要があり、そのための最良の証人は、各令状を発付した裁判官たちなのである。

さらに、以上の捜索差押令状の発付の状況及び千葉地方裁判所が千葉県警の意向、動向といかなる程度において連動し合つているかについては、裁判官以外の職員の中からも有力な証人を選出しうる可能性があるのである。

以上の様に、本件被告事件については、被告人両名が、六・七事件の捜索差押手続きをきつかけとして逮捕されかつもつぱら六・七事件について違法な余罪取調べを受けたという特殊性から、被告人両名の無罪立証のためには、千葉地方裁判所の裁判官等の職員を証人として尋問することになる可能性が極めて大きいのである。

したがつて、かかる意味からも、千葉地方裁判所においては、公平な裁判の実現を期待しがたい重大な事情が存するのである。

第五、結語

以上の諸点を総合的に検討するに、千葉地方裁判所が、本件被告事件につき審理をすることは、地方の民衆の感情とその裁判所への反映という点、事件と裁判所全体の深い関連性(事件との当事者的接近性)という点、とりわけ石田裁判官が捜査機関による本件フレームアツプの前提となる違法な令状の発付を行なつた点、本件公判に際し裁判所が一貫して異常な警備体制をとつている点、また、配点問題や合議部問題や訴訟指揮にみられる千葉地方裁判所の様々な偏頗性、さらに、裁判所の裁判官等の職員が証人として尋問されることが充分に予想される点などの諸事情に照らすとき、裁判所を取り巻く客観的状況からみて、千葉地方裁判所全体について公平な裁判を期待できない事情があり、刑事訴訟法第一七条一項二号にいう「裁判の公平を維持することができない虞がある」と言うべきである。

よつて、本件被告事件については管轄の移転が行われるべきである。

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